【#22】ヘリックス・ドリーム【Sandwiches'25】

 
 
 
 

ああー、抜歯は嫌だなあ、などとユーウツな気分に浸っているうちに7月になっていた。今年も半分が終わったねえ。誰も彼もがそんなふうに言いあうころ。年内リリースを目指していたアルバムはまだデモ段階、しかし、少しずつ書き進められてはいる。

大体制作のためにとライブ活動を控えめにしていたこの春、ちっとも筆は進まずにやたらめったら本を読んだり、アニメ(主に「機動戦士ガンダム」シリーズ)を観たり、のんべんだらりと過ごしてしまったのもよくなかったかも知れず、なぜだろうか、ライブ出演やらDJやら、忙しなく外と出入りしている最近のほうがアイデアも湧く湧く、結局自室に閉じこもっていては見えるものも見えなくなる。聞こえるものも聞こえなくなるということか。言葉の躍動を信じるには、現実に触れた手触りこそが必要なのだろうか。

書くことは、今の自分が直面しているなにかしらの「状況」に対処しようとする試みの一形態だ。つまりそれは、対処すべきテーマがあってはじめて、書くことの理由が生まれるということでもある。わたしが身をもって対処せねばならない「現実」とはなにか? アルバムの中心となる感覚を捉えるまでには、それなりの時間がかかる。この社会で議論されるべきテーマは山積しているけれど、なかでも自分自身がよりアクティブにコミットするための、動機をどこにおくかという問いでもある。

もちろん実際に書かれるテーマはひとつではなく、多くの場合は複合的に、組み合わされていたり、または意識せずともくっつきあったりしているものだったりする。わたしたちの暮らしが政治とは無関係でいられないように、編まれる作品もまた、社会の諸側面から独立して成ることはないだろう。

だからこそ、いま自分がラップする言葉がどのような文脈から発されているのか、可能な限り意識する必要がある。例えば、無意識のバイアスやアグレッション。それらを取り除くことは容易でないけれど、少なくともそれを態度することはできるはずだ。言葉選びそのもの、発語のニュアンスそのものが、ひとつひとつ楽曲のスタンスを表している。そのことにだって、敏感でなければならない。

どれほどのテーマを作品内で表現できるかと言えば、それはわたしの実力次第。理想に1mmでも肉薄するには、何度でも繰り返し試みる、試み続けるしか方法はない。アルバムを作り連ねていく理由もそこにある。拙くも手元にある言葉を硬直させないために、無理矢理でも書く、書く、書く。目に映る「現実」と、言葉と、自分の関係を何度となく結び直していくのである。それがこの暗鬱とした時代をサバイブするための、自らを腐らず生かし続けるための方法になっている。もちろん、それは都合のいい自己正当化かもしれない。それでも、巨大な「現実」に押しつぶされないためにはどうしても、書くしかない。そんな道を選んでしまった。

じっさい今書いたようなスタンスをどの程度維持できているものか、あやしいと思われる方もいるだろう。何を隠そう、わたし自身も「なにもかも欠けている、損なわれている」とそう感じる。そもそも作品外の場所で、しかめ面しくこうした補強をしようとしているのもあまりかっこ良くない。全部が言い訳めいたニュアンスを帯びてさえみえる。昔働いていた会社で、「君ってなんか、いちいち言い訳がましいんだよね」と言われた苦い記憶がよみがえる……。

しかし、できないことの理由をあれこれ書いてもしょうがないのだ、その前に考えろ、考えるのが無理でも手を動かせ、それから考えろ。そんな話であって。だから、「欠けている」と感じても書く、やはり書くしかない。話は同じ場所へとぐるぐる、めぐっていく。

今取り組んでいる作品においては、核となる(かもしれない)話題がようやく立ち上がってきたところで、その具体的な内容についてはまだ言わずにおく。それではここまで書いてきた内容がふわふわ、宙づりのままになることも理解しているつもりだ。けれど、やはりせっかくなら楽曲や詩の作品そのものを読んでもらいたいと思う、こんな前書き未満のつぶやきではなくて(と、これも言い訳めいているようでよくないだろうか)。

もっとも、目下のところ制作進行における一番の懸念は確定した抜歯のスケジュールであって、この影響がどれほどあるか、そんな未知なる恐怖に他ならない。痛みでろくに歌うこともできない、ということになれば、作詞やレコーディングどころではなくなってしまう。ぶるぶる、想像しただけでも恐ろしい。今まず向き合うべき喫緊の「現実」は自らの口腔に潜む虫歯なのだ、とそんなオチでは気も抜けてしまう。

いや、でも。虫歯についてラップするのも面白いかもしれない、どうかな、もしも書けたならば、ちょっとしたものだけど。場合によってはそんなこと言ってる場合でもなくなるかもで、ああー、痛いのなんて、本当嫌だな。結局はそれだ、それだった。(2025.7.5)

 
maco marets