【#23】ふたつの牙と引き換えに【Sandwiches'25】
手のひらにふわふわとした、クリーム色の小動物。おそらくハムスターを乗せている。その黒い瞳がわたしを見上げる。かよわく、愛らしい。そのあたたかな体温と、かすかな鼓動が伝わってくる。何か幸福な気分だ。と、突然、そのハムスターは身をよじり、わたしの指に思い切り噛みつく。
痛い! わたしは声にならない叫びと共に飛び上がる、しかしハムスターは指を咥えたまま離れようとしない。なんとかそれを引き剥がそうとするうちに、わたしは指先に本来感じるであろう、その生き物の前歯の突き刺さる感触がないことに気づく。あれ、痛くない? 呼吸を落ち着かせて、もう一度、じっと観察する。よくよく見れば、そいつには歯がなかった。歯抜けのハムスターだ。それが、わたしの指に齧り付いているのだった。なーんだ。びっくりした。
……なに?「歯抜けのハムスター」だって? そこでふと我に帰る、どうやら今しがたの出来事は夢だとわかった、その瞬間、目が覚めた。夕方4時。ベッドのうえにわたしはひとり寝転んでいる。じっとりと汗ばんだTシャツ。口腔が不快にねばつく。手のひらの小動物、じんわりあたたかいその気配は、一瞬のうちに消え去っていた。
連日大騒ぎしていた、親知らず2本の抜歯が終わって数日が過ぎた。思ったよりも腫れは酷くない(もともとが腫れぼったい顔だから目立たないだけかもしれない)。じんじんと鈍い痛みはあるが、それも薬で誤魔化すことでなんとかなっている。騒いだわりには、終わってみるとちょっと拍子抜けという感じがあって、正直ね、もっと耐えがたい苦痛が続くと思っていたので。ちょうど10年ほど前、はじめて親知らずを抜いたときはもっと痛みが激しかったように記憶している、それと比べればだいぶマシな方だ。
ただ辛いのは、依然としておかゆなどの流動食程度しか食べられないこと、そして前にも散々書いた通りで曲の制作やライブができない状態であること。抜糸もまだだから、(今回抜歯を行った)左側の顎をなるべく刺激しないよう、静かに過ごさなければならない。顎を庇いながらの会話はどうにも辛いので、人と会うことだってできない。
痛みに耐えることはできても、食事も音楽活動もできない、人とも話せないとなると何か生きることの喜びを大きく損なわれたような感覚で、そのことがどうにもわたしの気持ちを落ち込ませる。台風やらなんやらに伴う低気圧がそれに拍車をかけ(なんなら歯痛よりひどいくらいの、吐き気をもよおすような頭痛に襲われるのだ)、暗鬱としたムードはますます色濃くなってゆく。
こういうときは映画やアニメを観たり、本を読んだらいいと思われるだろう。実際わたしもその心づもりでいたのだけれど、なにぶん歯痛に頭痛と、身体のヘッド・パーツ付近に異常が重なっていると、とてもじゃないが内容に集中などできないのだった。結局は、努めて無心のまま、ベッドにじっと横たわるくらいしかすることがなくなってしまった。
それで、不意のうたた寝に興じては、支離滅裂な夢から飛び起きることになる。例えば、歯抜けのハムスターに噛みつかれる夢、とか……「歯抜け」は今の自分も同じようなものである、それがそのまま現れているとするなら、ずいぶん単純な脳みそだ。そんな夢を切れ切れに映しながら、過ごしている。
歯という器官に特別な思い入れはないつもりだったけれど、長いことをこの身体に埋め込まれていたそれを一気に2本も引っこ抜いたのだから、少なからず動揺があるのかもしれない。それで「歯抜け」の夢を見てしまうのか。「しっかり抜けましたよー」と、担当医が示すスライド・テーブルに乗った血まみれの第3大臼歯たちを見て、まずその大きさ、存在感に驚いたものだった。
左上顎の方は虫歯に侵されていたので、なんだか呪いの杭のような、毒々しい見た目をしていた。もう一本、下顎の方は横向きに生えてしまっていたこともあってまっすぐ抜けず、何かの道具で細かく割って取り出されたのだったが、それにしても破片を合わせればなかなかのサイズをしていることは確実で、今、どれくらいの空隙が自分の口腔に生まれているのか、不安になってくるほどだった。いずれにしても、こんなものをよく口に生やしていたものだ、そしてそれをよくも容易く引っこ抜けてしまったものだ、と、思う。
もちろん放っておけばさらなる健康被害をもたらしていたであろうから、抜いて良かった、そのこと自体に間違いはない。それでも、一度取り除いてしまえば二度とは生えてこない、一回性のもとにあったものが、実際に失われたとなるとちょっぴり空恐ろしい気分にもなる。きっと慣れてしまえばどうということはないはずだけれど、しばらくはこの言いしれぬ不在感と付き合わないといけないだろう(昔、虫垂炎にかかって盲腸を取ったときはこんな感覚にならなかった。覗いたら見える部分と、見えない部分との違いだろうか)。
まだ試せていないからただの予感でしかないけれど、この不在はわたし自身のラップ・スタイルをも変えてしまう可能性だってある。歯は言葉の発音にも関わる器官だから、実際に身体のレベルで微細な変化が起きるだろう、それに引きずられる形で、例えば言葉の明瞭さや速度が以前と異なるものになってもおかしくない。なんなら、思考にだって影響があるかもしれない。
ひとまず今は、この腫れぼったい頬が少しでも回復するようにじっと休むほかない。まだまだアルバムも制作の途中だからできるだけ早く復帰したいが、どうなるか。2本の牙と引き換えに得た空隙。そこには何をか生じるだろうか? 歯抜けの齧歯類とは別の、もっと鮮烈なイメージを期待しながら、またベッドに横たわっている。(2025.7.19)