【#25】いつか、テレスドンに跨って【Sandwiches'25】
酷暑の8月。歯止めの効かないグローバル・ウォーミングに、誰を恨むべきか、おのれか? 相変わらずヘロヘロになりながら過ごしている、自宅の作業部屋には冷房が備わっておらず、じっとPCに向かっていればすぐにじっとり汗をかく。こんなところにいては一日と立たず腐敗してしまいそうだ、新鮮なミルクだってすぐに匂い立つ。うだるような空気を、扇風機でかき混ぜかき混ぜ誤魔化している。
「夏か、冬か?」そんな二択の問いには必ず「冬」と答えてきたわたしだ。年々その思いは固く、揺るぎないものになる。決め台詞はこう、「冬なら服を着込んでしまえば寒くない。夏は、全裸になっても暑いものは暑いでしょう」……あまりに子供っぽいかしらん……なんにせよ早く、なるべく早く、涼しい季節になってくれと願うばかり。アイスクリームがおいしいね、スイカバー大好き、とそれくらいでは割に合うわけもなく。
窓から通りを見れば、向かいのブロックに新しいマンションが建設中で、休憩時間になると作業員たちが日陰に座って涼んでいる様子が観察できる。みんなこんがりと日焼けして、大粒の汗をかいて。こんな暑い中で、本当に大変だろう。あの冷却ファンのついた作業着はどのくらい涼しく快適にしてくれるのだろうか。自分は着てみたことがないので、わからない。
そういえば福岡の実家でも冷房設備はひとつの部屋にしかなく、それは残念ながら子供部屋ではなかったから、幼少期から夏の大半は扇風機のみで乗り切っていた記憶がある(というか、今でも帰省時には冷・暖房なしの部屋で寝ていて、快眠を得るにはとても苦労する)。
ここ10年、20年くらいの間でどれほどの変化があったのか、詳細なデータを引くことはしないけれど、実感としてそんな子供時代と比べて今の夏はだいぶツラい。一時期はmaco maretsのトレードマークとしていたニットキャップも、最近ではとてもかぶっていられない。これまで何度熱中症になりかけたか、「そもそも夏場にニットをかぶるもんじゃない」というのはその通り、だけれど衣装と割り切っても無理なものは無理、とようやく気づいたのだった。ずいぶん時間がかかった。
しかし、このまま地表が焼き焦がされた末にはどこぞのSF映画のように、地下シェルターへと生活の場を移すことになっても不思議でないように思えてくる。皆が地底人となって暮らす、もぐらの社会。書割の、人工的に演出された空の下で生きる時代が来るかもしれない。「ウルトラマン」シリーズに登場した「地底人」の、目の退化したさまなんかを想像するとちょっと恐ろしいが、ついでに地底怪獣など使役できるようになるなら楽しいか。ツインテールがうぞうぞ蔓延っているのとか、さすがに嫌だろうが。
怪獣繋がりで連想を続けると、ついこのあいだ観たハリウッド版の「ゴジラ」映画でも、ホロウ・アースという地球各地のポータルからアクセスできる地下世界(ほとんど異世界みたいなもの?)が登場していた。広大で豊かな、巨大生物たちの暮らす世界。そこで、凶悪なサルの親玉が氷を吐くドラゴンに乗って現れる……ちょっとやりすぎなくらいの、荒唐無稽な絵面。思わず笑みが溢れる、素敵な映画だった。地球上に高層ビル同じとサイズのサルやトカゲが暮らす場所があるなんてとても思えないけれど、巨大な「空洞(ホロウ)」が地面の下にあるならば、もしや? と、そんな空想にはロマンがある。地球空洞説と言ったっけ、『センター・オブ・ジ・アース』などもその類か。
フィクションのなかで繰り返し表現されてきた人類未到の地。「ここではないどこか」。わたしが、わたしたちが豊かさと共に生き直すことのできる新天地は、現実に残されているのだろうか。平和の理想を実現しようとする意味では、場所の問題ではない気もするが。
「宇宙、それは人類に残された最後のフロンティア」。「スター・トレック」のフレーズが頭を過ぎる。今、地下とは反対方向に、空。宇宙(そら)を目指す人々もいる。たまのニュースを見るとおお、と思う、しかしおそらくバルカン星はおろか、火星や月でさえ、わたしの生きているうちにはそうした理想郷にはなり得ない。よしんばそこでの生活が実現したとしても、暮らす権利を得るのは自分ではないだろう、きっと。
当たり前のようだが、結局は地底でも宇宙でもなく、今わたしたちが生きているこの地上こそが、唯一「生き直す」ことを許された場所であるということだろう(や、もはや許されてもいないのか? そもそも許すのは、誰?)。空想が魅力的であればあるほど、逃れようのない現実の姿もまた、浮き彫りになる。
現実。クーラーの効かない部屋、わたしに残されたこの小さな生活の更新こそが、目指した「新天地」なのだとしたら。……ならばどうするか? と、具体的な生き方なんてちっとも浮かんでいないけれど、もう少し涼しくなってから考えよう、と情けない未来にばかり託してしまうけれど。こんな駄文を認めるより他に、やるべき仕事があるはずだ。熱中症にはならないよう、ほどほどの抵抗を身につけたい。(2025.8.9)