【#26】ウォーターフロント広場にて【Sandwiches'25】

 
 
 
 

先日新型コロナウイルスに罹患した際、療養中の暇つぶしにと引っ張り出した携帯ゲーム機(Nintendo Switch)にすっかりはまり、体調の戻った今も「作業の息抜き」という名目でちょこちょこ触っている。

いま遊んでいるタイトルは『TINY BOOK SHOP』。ドイツを拠点とする「neoludic games」という小規模なスタジオが手がけたインディーズ作品で、題名の通り小さな書店を経営するシミュレーション・ゲームだ。まさか本屋になれるゲームがあるとは!「自分だけの店」なんて、一介のブック・ラバーとして一度は夢見ることではないだろうか? 読書好きに話題、という謳い文句を見た時点では半信半疑だったものの、実際遊んでみるとなかなかどうして、面白いのだった。

まだ序盤なのですべての要素を確認できているわけではないけれど、ゲームの流れはざっとこんな感じ。

プレイヤーが営むのは「移動式」書店なので、まずは行き先を決める。ドイツか、どこかヨーロッパの街がモデルなのだろうか。海岸沿いの広場やビーチ、街中で行われるフリーマーケットなど、小洒落たロケーションに店を出すことになる。

店舗の外観や内装は好きなようにカスタマイズでき、家具や植物などの置物も設置可能。ただし、設置したアイテムによって、売れる本のジャンルに影響が出ることもある。たとえばドクロの置物を置くと、「事件・犯罪」ジャンルの本が売れやすくなる代わりに、「児童書」は売れにくくなる、といった具合だ。スリラー映画的ムードを演出できる反面、それを怖がって子供たちの足は遠のいてしまう。きっとそんなロジックなのだろう。意外なリアリティを感じる設定だと思う(ドクロを面白がる子供ももちろんいるだろうけれど、あくまでゲーム的な範疇で、ね)。

その次に、本棚の選書内容を決める。先述した「事件・犯罪」「児童書」ほか、「実用書」「旅行」「文学作品」といったジャンルが用意されており、それらの本をどのような配分で、どのような配置で棚に置くかを考える必要がある。店を出す場所によって客層が変わるため、それぞれに合わせたジャンルを用意しなければならない。ビーチには子供が頻繁に訪れるので「児童書」を増やすとか、カフェ・サロン前には文学者が多く集うので「文学作品」を多く用意するとか。

ジャンルの選定が上手くできていないと、親切なお客さんにクレームを入れられることもある(「ここは文化的な場所だから詩や小説作品を揃えていないと話にならない」云々)。また、適当な順番で棚に並べていてもだめで、イチ推しのジャンルの本はしっかり手に取りやすい高さ、見つけやすい位置に並べる工夫もいる。

棚の準備を終えたら、ようやく開店。客の流れを見守りつつ、たまに発生する会話イベントや、「こんなジャンルの本が読みたいんだけど……」とおすすめを聞いてくる人への対応をこなしていく。ここでは相手の要望に合う本を棚から選んであげるのだが、ちょっとユニークなのが、棚には実在するタイトルがラインナップされている点だ。ディケンズ、シェイクスピア、ジョージ・オーウェルといった海外の作家の作品だけでなく、角野栄子『魔女の宅急便』、漫画なら『進撃の巨人』なんかもあって驚く。

ローカライズの過程で、日本人のプレイヤーに向けて用意されたものなのだろうか? 他の言語で遊ぶと、また別の作品が並んでいるのか? わからないけれど、実際に読んだことのある作品がゲームの一部として登場し、それをNPCに薦められる(やってきた客が「『進撃の巨人』、読みたかったんだ!」みたいなセリフを言ったりもする)わけで、知っている/知らない作品ゆえに、客の読みたがっている本かどうか判断に迷う状況が生まれる。要望をしっかり聞き取り、そこにある本の情報と照らし合わせて最適な本を見つけなければならず、より「本物らしい」書店経営を体験できる、粋な要素になっている。

説明が長くなってしまった。とかく、こうしてさまざまな場所で本を売り、その売り上げで新しい本を入荷・補充したり、新しい機器を導入したり、自分の店をより充実させつつ、街のコミュニティとの関係を育んでいく。それが『TINY BOOK SHOP』の基本的なゲームプレイだ。

アイテムごとのパラメータにしろ、レコメンドの正解/不正解の基準にしろ、意外と複雑な仕組みだから、どう操作すればいいかわかりづらかったり、うんざりする部分もある。経営ゲームのジャンルだと定番のシステムかもしれないけど、初めて触れるわたしにはそのひとつひとつが新鮮で、飲み込むのに時間がいった。

ただ、こうしたプレイヤーの感じる面倒くささ、一筋縄ではいかない経験も、おそらくはこのゲームにおいて欠かせない要素なのだと感じる。誰のためにどんな本を選び、どの棚に並べ、どんな雰囲気の店にするか。その積み重ねが、書店の姿を形づくる。現実の本屋だってきっと同じだろう。ひとつひとつの手間を抜きに、店は成立しない。面倒で、だからこそ愛おしい営みのかたち。工夫して工夫して、ようやく本が売れた瞬間のうれしさたるや!

『TINY BOOK SHOP』での書店経営は(あくまでデフォルメされたかたちではあるけれど)、本を売る「場」のあり方にあらためて思いを馳せるきっかけをくれる。そこにあるのは、ゲームというインタラクティブなメディアだからこそ可能な、疑似体験(シミュレーション)の楽しみそのもの。

もちろん、本当に本屋を志すなら実際に働き、学ぶしかないだろう。ただ、小さな憧れを試すくらいなら。まずは手のひらの上の「TINY」な場所からはじめてみたって悪くはない。ゲームであれ本であれ、まだ見ぬ世界に触れるための方法は無数に開かれている。そのことがどんなにか喜ばしく、恵まれているとも思う。(2025.8.16)

 
maco marets