【#38 (終)】螺旋の夢のさき【Sandwiches'25】
突然ではあるけれど、2025年1月からスタートし、約1年間、毎週土曜日の朝に更新してきたブログ「Sandwiches'25」は今回で最終回となる。キリ良く50回目の投稿(書き下ろし38回に過去記事の再編集版「B.N.」12回を足した数字)であること、来週の土曜日はmaco marets 最新アルバム『Helix'95』のリリースパーティ当日であることなど、いくつかの理由を踏まえて12月半ばでの終了という形をとることにした。50という数字はなんだか気持ちがいい。きっと、終わらせるには絶好のタイミングだ。
念のためことわっておくと、「Sandwiches'25」というタイトルのシリーズが2025年末で終わりを迎えるというのは至極当然の成り行きで、なにか特別な事情があるわけではない。来年、2026年の展開はまだ決まっていないが、おそらく「'26」と続くか、それともまた別の角度のシリーズになるか……。
これまでも「Sandwiches」「All-New Sandwiches」など、まるで「スパイダーマン」かなにかのアメコミ作品のようにマイナーチェンジを繰り返しながら、ブログ? エッセー? それ未満の駄文を書き連ねてきた。書くことが楽しい、そんな気持ちが続く限りは、なにかしら形を変えつつも続行していくだろう。
とまれ、いったんの最終回である。なんとはなしに第1回(1月4日投稿)の記事を読み返すと、もともとはかなり少ない文字数で、もっと「ラフ」なスタンスで始めようとした形跡が見える。それが、回を重ねるにつれて2倍、3倍と文字数ばかり増え、といっても内容の浅薄さはさほど変わらず、と、そんな具合にぶくぶく着膨れしたブログ・シリーズへ成長してしまったのだった。何事も意図した方向へ進むとは限らない。
なんとはなしの傾向としては、「趣味」の話がひとつのテーマになっていたような気がする。食事のこと。読んだ本のこと。映画、アニメ、ゲームのこと。直近の数回に至っては「怪獣」について取り止めもないおしゃべりをだらだらとしているだけである。こうした、読む人を選ぶような話題も積極的に書いてみようというのが今年の「気分」だったのかもしれない。ときとして「人を選」びすぎた自覚はあるけれど、にしても、趣味の話は楽しいしね。
書かれたものにはその時々の自分のモードが多少なり保存されている。いつか、あらためてそれを読んだときには「ああ、この頃はこんな感じだったのねえ」と懐かしむことができるはずだ。まるで他人が書いたようにも思えるそれらのテキストたちは、自分のうすぼんやりしたアタマがたった数年、数ヶ月のうちにどれだけの変容を見せているかを教えてくれる。それを「B.N.」として引き直してくるのもまた、楽しい作業だった。今回の「Sandwiches'25」の内容だって、いつか、どこかで「再編集」することもあるかもしれない。
そういえば。最終回前に、大きなトピックである、つい先週リリースしたばかりの maco marets 最新アルバム『Helix'95』についても触れておくべきだった。ただ、本シリーズ「Sandwiches'95」では音楽活動についての話題は意図的に減らしていたし、急にそれらに踏み込んだ話をするのも気が引けて、気づけばタイミングを失っていたのだ。
ついでのようになってしまうが、ここで簡単な作品概要のみ紹介させてもらおう。詳しくは機会があればまた書くとして……。
Photo: Tomohiro Takeshita
『Helix'95』は前作『Wild』から約1年ぶりとなる、maco maretsとして9枚目のソロアルバム。サウンドプロデュースを担当したのは、過去4作のアルバムを手がけたアズマリキ(Small Circle of Friends / STUDIO75)。ピアノのループを主とした静謐なビートに、ロウなラップボーカル & ポエトリーリーディングを響かせる、「ベッドルーム・ヒップホップ」スタイルのさらなる追求を目指した一作となっている。
配信リンク:https://linkco.re/eTb7bm4h?lang=ja
近作に共通する傾向なのだが、客演ボーカルの参加はなし。ゲストとしては唯一、ギタリスト・宮田泰輔が演奏で参加してくれているのみだ(彼は今年1年、ライブ、楽曲制作、私生活とあらゆる場でmaco maretsの活動に対し十二分なサポートを提供してくれた、まさになくてはならない存在である。その話も機会があればまたどこかで)。
美しいアートワークはmoi.とTomohiro Takeshita氏によるもの。全体的に過去作より大人びた、セクシーな雰囲気のルックに仕上げてもらった。デビュー10周年イヤーを目前にして、パワーを内側に充填していくというか、今作のあり方が自分にとって必要不可欠な「内省」のフェーズであることがビジュアルでも表現されているように感じる。とってもお気に入りのジャケットになった。
Photo: Tomohiro Takeshita
作品の中身については聴いて判断してもらうしかないけれど、今までになく落ち着いたトーンの作品であることは間違いなく、そういう意味ではよりポップ&キャッチー、トレンドに即した内容を期待された方には多少肩透かしかもしれない(maco maretsに「ポップ&キャッチー」を求めているリスナーがどれほどいるかはさておき)。
しかし、個人的な生活体験に基づくごく私的な表現を、どうしても追求せずにいられなかった。それもまた今年の「気分」だったのだ。そんな動機で歌った詩が、たったの一音、一語でも、聴いた人の胸にひっかかってくれるならば、なにより幸せなことだと思う。
今後の展開としては、収録曲のミュージックビデオの公開、関連グッズの発売。そして本文の冒頭でも少し触れたリリースパーティの開催が控えている。この記事の公開される、ちょうど1週間後。もうすぐだ。こちらの概要ページのリンクも掲載しておく。よければぜひチェックしてほしい。
前売りチケット販売ページ:https://square.link/u/2LltuhRO
わたしの「maco marets」としてのキャリアももうすぐ10年になる。ここまで活動を続けることができた、その得難い幸運の意味を噛み締めつつ、次の10年にむけてさらなる挑戦を続けていきたい。もし少しでも聴いて、ライブに足を運んで応援してもらえるならば、この上ない喜びだ。
……しかし、自分の活動においてブログ「Sandwiches'25」が果たした役割はなんだろう。こんな文章を書き散らしてなんになるのだ、という疑念もないではないが、今年は継続した甲斐あってかいくつかのメディアにテキストを寄稿する機会に恵まれた。HIDDEN CHAMPION Magazineでの詩文連載、Beyond magazineでの書評連載も、今のところそれぞれ継続している。
対外的には、そうした仕事のためのアピール。自分にとっては、基礎の基礎の体力作り。自分の文章の「リズム」を検討するためのトレーニングとして役立っている実感はある。や、書くことは何にも役立つことがなくていいのだけれど、強いて言うなら、だけど。なんにせよ、読んでくれている方がいるのは本当にありがたいことだ。
無理して音楽活動と結びつけることはない。ほんらい、maco maretsの名義でやらなくてもいいとすら思う。ひっそりとでも、ライフワークとして何かしら書き続けていきたい。そのパッションはまだ消えてくれていない。ときたま溢れたものが、「Sandwiches」として出力されるときもあるという話で……。でも、続いていくならば美味しいサンドイッチに仕上げたいよね、なんてそんな色気は捨てきれず。だらだら言葉を連ねる手管ばかり身についていくのだった。
すっかり長くなってしまった。来年、なにかしら素敵な報告ができることを願いつつ、「Sandwiches'25」のタイトルはここで閉じさせてもらおう。1年間お付き合いありがとう。またどこかで、会いましょう。(2025.12.13)